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俯いて走ろう

日常のネタや本館にアップした作品の解説など。 ツイッターにかまかけてるので更新頻度は低いです。
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あなたのオタク的創作の歴史を教えてくださいバトン 

 答えてみたいと思ってたから張り切って回答した結果がコレ(もらってから4ヶ月経過+文字数6000字以上)だよ! サヤカさんありがとうございます! 例によって長いです! どんだけ張り切ったんだよ自分!! 創作歴史っていうか思い出語りになりました! 縮めようかとも思ったけど面倒くさかっまた時間かかりそうなのでこのまま公開します! 自重!!

あなたのオタク的創作の歴史を教えてくださいバトン

1.オタクの歩み
 You解き放っちゃえよと言われたのでMe解き放ってみた。らクソ長くなったので小分けします。

幼少時~中学時代
 子どもの頃からドラクエ4コマ劇場を読み漁ったり父の買ってきたジャンプを夜更かしして読んだり、父の仕事であまった紙にらくがきしまくって育ったのも大きいですが、妄想力が鍛えられた一番の要因は引っ込み思案で友達がいなかったことだと思います。廊下を走ったり机でぼーっとしながら読んだ漫画の展開を妄想したりしてた気持ち悪い友達のいない子どもでした。いない理由は推して知るべし。
 友達がいなくて休憩時間ヒマだったのでお絵かきノートにらくがきしまくり、人前で描くのが恥ずかしい年頃になると学級文庫のギリシャ神話を読み漁りました。数少ない友人は年下でいっしょにRPGごっこ遊びに熱中(黒歴史)。色々設定考えたりしたので、よーく考えてみれば早熟な中二病だったのかもしれません。ちなみにほぼ当時やってたゲームのパクリでした。マジ中二病。
 実際の中学時代は心理学の本やら毒草の本やらを図書館で借りて読み耽っていました。返す返すも人生で一番勤勉な時期でした。この時期に大学生になりたかった。あと文化祭とかのクラスの劇の脚本を「私だったらこうするなあ」と心の中だけでリメイク。実際に言う度胸も形にする気もありませんでしたが、子ども時代のごっこ遊びを除けばこれが人生初めての創作だったかもしれません。

高校時代①本好きが高じて図書委員
 高校時代は登校途中の電車の待ち時間が暇なので小説を読み漁るようになりました。ついでに言えば中学で仲良くなった面子が全員高校別だったので引っ込み思案に逆戻り(中三は仲良しクラスでそこそこしゃべるようになっていた)。そんなわけで休憩時間も読書タイムです。毎週母の図書カードも使って10冊本を借りてました(当時は図書カード1枚につき5冊限度だった)。この頃になると読むのはほぼ物語小説でしたね。主にミステリかファンタジー。一番読書をした時期です。
 高一のときはそれだけだったのですが、二年で図書委員になり、文芸部の濃い面々と遭遇。文芸部の部室は図書準備室だったので、恐らく図書委員で最も熱心に活動していた私はよく彼らとたむろするようになりました。文芸部と図書委員を兼ねている人は多かったので冊子作りを手伝ってもらったことも一度や二度ではありません。単純作業しながらおしゃべりして交流を深めたり、下校時刻を過ぎても終わらなくて異様にハイテンションになってみんなで笑いながら(意訳:人の言葉を失いながら)猛スピードで作業を終わらせたり、絵描きの先輩に何故か見込まれて(特に頼んでないのに)パソコンを使ったイラストの描き方を教わったり(わかりませんってば)、文化祭の打ち上げで100円ケーキをみんなで食べたりしました。ちなみに一人で一瞬で三つくらい平らげてドン引きされたりしました。いい思い出です。

高校時代②バトロワとの出会い
 図書委員になったのと同時期(高二)にネットサーフィンスタート。とりあえず知ってる作品や好きな作家さんで検索してそれまでよくわかってなかった(ドラクエ4コマ劇場とかで耐性はあったけど)二次創作の世界に足を踏み入れました。ネット初心者が犯しがちなマナーミスもちょこちょこやっちゃったのでこの辺は黒歴史その2。とあるイラストサイト(今はもう閉鎖されてます)で見たイラストで気になって、兄が友人から借りて家にあったものの、それまでずっと忌避していた『バトル・ロワイアル』を読破。姉から映画版のあらすじを聞いて「そんな救いのない不条理小説絶対読まない」と心に誓っていたのですが、実際読んでみれば青春小説でした。もしコインが表だったらとかもし三村と七原が会えていたらとか色々考えちゃってバトロワサイト巡りスタート。そんなわけで私の二次創作の原点はバトロワなのです。

高校時代③要するに魔が差した
 それまで物語は考えるのは好きだけど特に形にしようという気はありませんでした。私の創作は基本的に受動的で、他の人のお話を読んで「自分ならどんなふうにするか」というリメイクや、そのお話をモチーフにした全然違う話を思いつくのが私のスタイルなのです。創作に対してそんな(言ってしまえば)消極的な姿勢だった上、(創作初心者にありがちなのですが)構想の時点で無駄に長そうなので考えるだけで満足してたのですが、ある日ふと思った噴飯モノな思考:あれ俺が考えたやつのほうが面白くね?
 このとき考えていたお話は確かオリジナルでなくとあるゲームシナリオのリメイクだったのですが(作名は控えさせてください)、まあ「プロの人が考えたやつより自分の考えた話の方が面白い」と変に自信を持ってしまった私は(一応明記しておきますが人から何か言われたわけでなく自分の客観的なつもりでいてすごく主観的な判断です)「残さないのもったいないなー」と単純に思い直し、とりあえずバトロワの二次小説を書くようになったのです。ちなみに何故イラストではなく小説かというと、「お絵かきは小学生のときにやめちゃったので頭の中の映像を実物にできるだけの能力がない→そうだ文章なら書けるんじゃない!?」と、大学で文章習った今ならざっけんなよテメエみたいな理由で字書きになりました。うん、黒歴史その3。

高校時代④副委員長のお仕事
 さて、三年生になり新しい委員長副委員長を決めなきゃいけないということで、志望者もいないし副委員長ならまあいっかと自分から副委員長になりました。ある意味当然ですがくじ引きで選ばれた委員長ともう一人の副委員長はあまりっていうか全然来なかったので私の天下でした。図書委員の権限をフル活用して学校に欲しい本を大量入荷しました。区の高校の図書委員が合同で出す冊子の編集をやったのが私の青春です。集まった文章を無断で改変したり(すいませんでした)、自分のとこの高校から全く文章が集まらなかったもんだから自分で書いた結果本文の半分以上が自分の文章で占められたり(マジすいませんでした)、その結果〆切りを2ヶ月以上破ったり(本当に、本当にすいませんでした)しましたが、できあがった冊子は恐ろしく濃いものとなりました。あとこれのおかげで文章校正能力が異様に上がり、後に図書委員のオススメ本コーナーの編集をしたら先生に「誤字が全くなかった」と褒められました。今でもWeb小説の誤字発見の嗅覚に役立ってます。でもそれはそれとして青春という名の黒歴史その4です。黒歴史多すぎ!!

高校時代⑤文芸部でのゲスト活動
 図書委員と文芸部員のたむろ場だった図書準備室も、三年生になると人数が減り、新文芸部部長の逆浪(後の共謀者いわゆる相方)と実質新図書委員長だった私の二人だけになってしまいました。「部員不足で部誌が薄いー」と悲鳴を上げていた逆浪がちょっと不憫になり、「じゃあ何か書こうか?」と考えるだけ考えていたオリジナルの話をして、初めてのオリジナル創作「人殺し」を書くことになったのでした。ちなみにできあがった部誌の半分を占めていました。最早ゲスト投稿ではありませんでしたが、クラブ撮影の卒業写真に一人だけ映るのはまっぴらごめんだったので正式入部はしませんでした(逆浪はいっこ下で、私と同期の文芸部員はいなかった)。
 その後逆浪に目をつけられ合作オリジナル「龍のうたった祭り歌」をすることになるのですが、高3の一年間を逆浪とほぼ毎日部室でクラブの終わる時間まで祭り歌の話をしていた日々と、5年経った今もメッセで夜更かしして語り合ってる事実と、そうまで長い年月を費やしてようやく最初の第一話が完成したことを思うと、ちょっぴり胸に切ないものがこみ上げます。あと「素直に入部しとけよ自分」ともちょっと思う。
「人殺し」執筆と同時期にバトロワの68企画の寄稿作品を執筆し、これが私の創作原点となりました(それまでのバトロワ二次創作は毛色違いすぎて黒歴史その5です)。あと高三の一年間で書き殴った詩モドキの数々は軽く百を超えます。はい、ツッこむところです。何してるそこの受験生。
 余談ですが、「人殺し」という題名は仮題で後で改題するつもりだったのに、書き進めていく内にしっくり来て定着してしまったという経緯があります。おかげで部誌読んだ新入部員に「人殺し好き!」と目を輝かせて言われて喜ぶより先にぎょっとしました。

奇跡的に大学生
 大学に入ってからは歩いて学校に行ける距離になったので本を読む回数は激減しましたが、その代わりゲームがたくさんできるようになりました。そんなわけでプレイしたのが幻想水滸伝Ⅲ→DOD→DOD2だった辺りが何というか地雷原だなあという気がします。ただ、この糞ゲー3連発と大学の授業のおかげで「どこがどうダメでどうしたら良くなるのか」を分析するクセができました。どう見ても糞の役にも立たない批評オタクですが、悲しみを癒すには手段なんか選んでいられなかったんです。
 サイトを作ったきっかけは、元々その内作る気はあったのですが、大好きなサイトさんが閉鎖されるに当たり連絡先をくれたらいつか復活したとき連絡するというので……当時使っていたメールの匿名性がいまいち信用ならなかった私は1週間ほど夜なべしてhtml言語の勉強してサイトを作りました。あのとき私は馬鹿みたいにがんばっていた。むしろ馬鹿以外の何者でもなかった。だが誇らしい。

サイト運営の歴史
 バトロワとDODメインで行くはずが、ちょうどクリアしたTOSを重点的に更新。そもそも高校三年生のとき大量に書きつづった詩作をメイン更新にするはずが、思った以上に黒歴史が多く断念。合作「龍のうたった祭り歌」は設定作りに難航。かくして見事なよろず版権サイトになり今に至ります。


2.影響を受けた作家や絵師はいますか?
 一番影響を受けた、というか、原型になってるのは姉さんです。子どもの頃、二段ベッドで姉さんと寝ていたのですが、寝るときに姉さんが寝物語に即興でお話を聞かせてくれました。他にもお絵かきの基本教えてくれたりとか。小学校中学年くらいに絵を描くのが恥ずかしくなった時期があって(家族に絵を見られて褒められて恥ずかしくなったという自分でもようわからん理由)そのままが画力が向上してないのですが、小学生の頃は絵ばっか描いてました。あのまま進んでいれば今頃はと今でも思います(練習しろ)。
 あと、姉さんとそのご友人方が揃いも揃って強烈な個性の持ち主だったので(基本的に)女性の方が男より強いという価値観が根付き、それがそのまま創作の男女観に反映されています。男前な女性キャラが好きなのは確実にシスコンだからです。
 それから週刊少年ジャンプの影響も無視できません。子どもの頃から父が買ってきてくれたので1990年代前半の黄金時代から読んでます。ジャンプの王道というかお約束は私の創作感に強い影響を及ぼしています。好きな作品打ち切られたり 人気低いからって将来有望な作品を打ち切ったり ほのぼのギャグマンガにテコ入れしてトンデモバトル漫画にしたり 人気作品を不自然に連載伸ばしてあのときすっきり終わってればと涙せずにはいられない出来にしたり ヒロインに中途半端に戦闘能力持たせて足手まといにされたり……女性キャラに戦闘能力持たせるなら男キャラと同等以上であるべしとか非戦闘要員にも脚光を浴びせるべしとか話は長引かせずすっきり終わらせるべしとかいう考えはジャンプが私に教えてくれた教訓です。全体的に反面教師です。ジャンプ好きですよ? 愛ゆえの憎悪です。
※ジャンプ作品はふつうに好きですので誤解のなきようお願いします。編集方針はてk


3.今まで描(書)いた中で一番楽しかったもの、大変だったものは?
 思い出深いのはやっぱり一番最初に書いたバトロワ68企画と人殺し。毎日図書室のパソコンでちまちま書いて完成させたので、今でもあの頃の私よもう一度と思います。ギブミー根気と集中力と計画性(鍛えなさい)。
 大変だったのはー……詩作「赤い歌の白い海」シリーズ。無駄に五七音で音を固めようとして色々バージョン違いを思いつきシリーズ化した結果、乏しい語彙で音を当てはめるのに悪戦苦闘する羽目に。でも「決めた音に徹底的にこだわる」という点で良い経験でした。
 後は、サイト公開予定はないのですが、Rainy after Happy-Ending。逆浪に投稿漫画の原作を頼まれて「普通に小説がいい」とのことだったので書いてみたものの……台詞長い・世界観の説明が困難・主役キャラの性格が極悪の三重苦でした。小説と漫画のテンポの違いについて学習する良い機会でした。改稿に次ぐ改稿の末上記2つは改善できました。最後の1つは無理でした。誰だあんなドSでドMなロリペド野郎考えたのは(お前だお前)。


4.作品を描(書)いていて変わった事、嬉しかった事、悩み事
変わった事
 創作をすることを踏まえると色んなものを見る目が変わります。興味ないものでも参考にできる場合があるし、災難や失敗もネタにできると思えば耐えられるし……そう、二回もパソコンが壊れたことや壊れた時期がレポート前だったことや冬休み前に壊れて冬休み明けにまた壊れたこともネタにしたおかげで今では良い思い出です。今憐れみの視線を感じたんですけど気のせいですよね?

嬉しかった事
 感想をもらえるのは普通に嬉しいです。あとは頭の中の物語を形にしたときの達成感。お話を考えるのは楽しくて完成させるのは嬉しい。

悩み事
 定型詩にはまってる内に散文詩が書けなくなったこと、創作でキャラクター名考えるのが致命的に苦手、二次創作でシリアスな心情描写しかしてないからマンネリ気味。

5.今までの作品の癖みたいなもの
 読んだ人のほとんどが女性が書いた作品だと勘違いします。心理描写が丁寧で繊細だそうです(By逆浪の友人)。男が書いたと聞いたら大爆笑だったそうです。ネタになって本望です。
 あと自覚してる癖は笑顔の描写が多いことかな。他の表情の描写も増やしたいんだけど、なんだか笑顔が自分の中で重要な描写みたいです。

6.アナログとデジタルではどちらが作品を創りやすいですか?
 正直アナログです。思いついたときにノートに勢い任せにがーって書いて、パソコンに書き写すとき校正もついでにやっちゃうのが一番はかどる。というかパソコンだと詰まったときネットサーフィンしちゃってそのまま時間が過ぎ……(ダメダメ)

7.作品を描(書)く上での理想と現実
 もっと早く書きたい。根気と計画性と集中力が欲しい(だから鍛えろ)。あとアクション描写が苦手……これは単に経験積んでないせいかもしれません。運動音痴だからという可能性もあります(体育なんて嫌いだ)。とりあえず毎日こつこつ書ける人になりたいのですが……現実は厳しいです。

8.作品を描(書)く上で学んだ教訓
 障害がある方が早く進む。
 鉄は熱い内に打たないと冷める。

9.これからチャレンジしたい事
 二次創作で心理描写ばかりやってたせいで気がつけば一人称と動作の描写が経験不足。これから挑戦していきたい所存。あと二次創作は考察を小説にしてるのでカップリング小説とかはあんまり書いてないのですが、これからちょいちょい書いていこうかなと思ってます。前述した通りマンネリ気味なので色々書いてみたいです。思うだけはタダです。
 それから相方とちまちまやってるオリジナルをとっとと公開したいでーす。でも物語の基本的な設定がやっと決まったし序章は書けてるからもうすぐ……!(5年もやっておいてようやくそれかい)
 

10.次に回す歴史が知りたい5人
 野望の皆さんに回します。レッツ黒歴史解放!
 あと逆浪答えてみないー? そういやアーク2が好きだったことくらいしか知らないし。


 そんなわけで、折角だからと自己分析したり色々ふり返ってみた結果無駄に長くなった回答1のおかげで遅れましたが、サヤカさんありがとうございましたー!
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